ブログLSOスピンオフ 人生に役立つスピリチュアル特集

スピリチュアルの技術を駆使して人生を改善してきた著者が、その理論と技術を公開。

2020年6月3日

問:審判の日とは何ですか?

答:人間はエゴの品質によって神を推定し、そして神を恐れる。審判の日なんて毎日である。それは常にここにあり、そして継続的で終わりがない。

 

解説:

人間はいつでも(その気になれば)生まれ変われる、ということです!!

 

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Along the Path to Enlightenment (English Edition)

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2020年6月2日

ジャッジメント(=偏見、一方的なモノの見方しかできないこと)はすべてのエゴの大きな虚栄心だ。聖書には、「裁いてはならない。あなたがたがそのはかりによって裁かれないために。」または、「裁くことは私に属する、と神は言われた。」とある。キリストは赦すよう言った。ブッダは、ジャッジすべきものは何もない、なぜなら、知覚は幻覚しか見ないからだと言った。知覚は常に、裁定的コンテキストから生まれた部分的なものかつ限定的なものである。真実においては、いかなるジャッジも不可能である。

 

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Along the Path to Enlightenment (English Edition)

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2020年6月1日

「すべての生命に親切にする」という決断や、存在するすべてのものの神聖さに敬意を払うことは、共感性という徳積み、赦しの意志、判断(=偏見)するのではなく理解しようとする意志とともに霊的進化において強力な態度である。継続的にサレンダーすることによって、知覚は本質の見識の中に消えていく。

 

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Along the Path to Enlightenment (English Edition)

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2020年5月31日

効果的に生きるために、基礎的な霊的格言を選択することは、知覚(=偏見、モノの見方)を変える一連の態度となる。それは自分自身を位置づけるやり方であり、線形的信念体系ではなく生命そのものと関係するやり方である。態度は定義的知覚ではなく見識・洞察を一般化するようになる。

 

解説:

モノの見方、考え方を(霊的真実に基づかない内容に)固定してしまったら大変なことになります。

先日亡くなられた女子プロレスラーの方に寄せられていた誹謗中傷も、もちろんそれ自体は褒められたことではありませんが、誹謗中傷をする方にはする方なりの「心の中の正義」があったとは思われます。

ですが、その「心の中の正義」自体が、霊的真実とは程遠い内容であったことは間違いありません。(例:有名人や成功者に対しては妬みや暴言をストレートにぶつけてよい、などという信念体系)

 

余談ですが、筆者がツイッターもインスタグラムも一切やらない(今後もやる予定なし)のは、匿名性の高さゆえに意識レベルが低い面々を排除することが難しくなり、それが原因で己の意識レベルも低下することを防ぐためのものです。とはいえ、実は筆者は、フェイスブックも是とはしていません。現時点では、フェイスブックに関しては霊的グループや専門性の高い情報を収集するツールの役割もあるため、すぐにやめるというと不具合があるのですが、いずれ卒業できれば御の字と思っております。

 

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2020年5月30日

覚えておくとよいのは、真実も、光明も、どちらも見つけたり、探したり、獲得したり、得たり、所有したりするものではないということである。無限の存在はつねに存在し、そしてその実現は、実現の障害となるものが取り除かれたときに自ずと発生するものである。それゆえ、真実を勉強する必要はなく、誤りとなるものを手放せばよいだけの話である。雲を取り除くことが太陽を輝かせる「原因」となるのではない。単に隠されたものが現れただけの話である。

霊的ワークは、言い換えれば、主に知っていると推定しているものを、知らないもののために手放すこと、ついでに他人がした、努力は最後には何にもまして評価されるのだという約束をも手放すことである。

 

補足:

真実を「勉強」する必要はない…とはいいますが、大多数の意識レベルが低い面々がのたまうような「んなもん、知るか」的な態度を推奨しているわけではありません。(=この態度は、上記の「誤り」を手放さないで大事にしている状態ですね)

実はそういう面々が増えれば増えるほど、自然災害や、新型コロナウイルスに代表されるような疫病の流行が発生しやすくなるのです。

その仕組みについては、博士の原書をじっくり読めば、おのずと見えてきます。

 

あっ、だからといって、「周囲の意識レベルが低い面々を指導教育しよう」なんて考えないでくださいね。そういう方ほど、筆者に言わせれば、「まずはあなたが霊的真実に即した生活を送るよう心掛けるべきでは」な状態ですので。

自分がお手本になればよい、ということです。なかなか難しいですけれども。

 

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2020年5月29日

すべての生命に対して、すべての表現において親切かつ善意を向けると決めるといった生き方を宣言することは偉大な価値がある。

 

補足:

新型コロナウイルス対策に伴うロックダウン・外出自粛要請のあと、大気汚染が改善されたというデータもあるとのことです。

自分の生活にとって本当に必要なものは…、こんなに必要なのだろうか…、と検証することもまた、生命に対する敬意といえるかもしれません。

このあたりは、筆者自身も、精進すべき箇所です。

 

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Along the Path to Enlightenment (English Edition)

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2020年5月28日

痛みを伴わない成長へのカギとは謙虚さであり、それは単に虚栄心と見せかけを放棄すること、そして自分も他人も普通の人間の特徴たる、誤りを逃れられない性質であることを受け入れることからなる。

 

解説:

通常、我々が「考えている」「見ている」「感じている」主体だと思っているものの正体をこのブログでは便宜上「マインド」と呼んでいますが、このマインドは善悪の区別がつかないということを覚えておくと虚栄心の発達をある程度抑えることができます。

 

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Along the Path to Enlightenment (English Edition)

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