ブログLSOスピンオフ 人生に役立つスピリチュアル特集

スピリチュアルの技術を駆使して人生を改善してきた著者が、その理論と技術を公開。

意識レベルについて:「傲慢さ」 その5 傲慢さの感情の由来

英語ではPrideと表記されるこのレベルですが、これが幼児期に見られるときの現象は、「(親や社会にとって)良い行いをして親や大人に褒められた時」です。

 

幼児は自分の行いを親や他の大人に褒められることで承認欲求を満たし、それがやがては(良い意味での)自尊心になるはず…なのですが、ここで終わればいいものを、このときにエゴは「褒められたのは行動そのものではなく、自分だ」と勘違いするという動きをします。

 

この現象が悪化すると、「何をしても褒めてもらえる自分」と勘違いする人間が出来上がります。

当然のことながら、親や周囲の大人が褒めるとき、「いいことをしたね=その行動はOK」という意味であるにもかかわらず、子供から見たら「あなたはいい子だね=あなたは何をしてもOK」という意味に変換されてしまうことが多いのです。

とはいえ、たいていは、大人になるにつれ内面の成熟とともに、自分自身が常に褒賞を受けているわけではないのだと学習するようになるのですが、それが学習できない人がたまにいます。

後者のタイプが、大人になって各種問題を起こすようになるのです。

 

小さいお子さんをお持ちの方は、褒めるとき、そういうこともあるのだ、ということにも留意しつつ褒めていただくのもいいかもしれません。

 

褒めると子供が思い上がる、と思っている方がいるかもしれませんが、これは子供が悪いのではなくエゴの生来的な働きによるものです。

なのでお子さんが悪いという言い方はせずに、「その振る舞いはいけないよ」と、是々非々で接していただくのがベストです。

くれぐれも、「いいことはして当たり前、悪いことをしたら厳しく罰する」というやり方は、お勧めしません。

これは、お互いの意識レベルが下がる接し方です。

こういう接し方をされた子供が学校デビュー後、あるいは社会人デビュー後、人間関係のトラブルの当事者となり問題行動を引き起こすようになるという例は枚挙にいとまがありません。

エネルギーフィールドの観点からこれらの問題を鳥瞰すると一発で説明がつくのですが、いかんせん科学的証明が追いつかない分野ゆえ…。

 

本日の参考文献はこちら。

 

Transcending the Levels of Consciousness: The Stairway to Enlightenment

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意識レベルについて:「傲慢さ」 その4

今回の話は、先に、意識のマップを再確認していただくところから…。

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現在、ネガティブ領域のうちの「傲慢さ」(意識レベル175)についてご紹介していますが、この意識レベルと「幸福度」には相関関係がある、という研究結果を博士は残しています。

 

その一部として、怒りのレベルにある人のうち、「自分は幸せだ」と感じる人の割合は12%であるのに対し、傲慢さのレベルにある人のうち「自分は幸せだ」と感じる人の割合は22%にまで上昇するという結果があります。

(Transcending the Levels of Consciousness  Pride より)

 

この、幸福度の割合は、意識レベルの上昇に比例して幸福度もまた上昇し、意識レベル200を越えた瞬間に過半数の人が「自分は幸せだ」と感じるようになるという結果もあります。

 

 

ただ、これはあくまで回答者本人の主観的な感想ですので、その感じているものが永遠に不変の幸せかというとそうとも言い切れないものもあるのです。

傲慢さの場合、幸せだとはいうものの、そこにはどうしても「防御」(=今の状態に変化が訪れたとしても変わらず幸せを感じていられるか、否、今の状態があるから幸せなのであってこれを崩されてはたまったものではない ということ)と「増長」(=自分の価値観こそが絶対! 自分のいう通りにやってればうまくいくって! 的な考えも含む)が絡みますので、傲慢さのレベルにおける幸福というものは外的要因に左右されやすいという特徴があります。

 

防御と増長という特徴ゆえに、「ネガティブな状態は臨界点を超えるための踏み台にすべし」という博士のアドバイスがあるにもかかわらず、傲慢さのレベルにある人はそのままの状態に留まろうとします。

 

 このとき、傲慢さは「万能感」的に過大評価されます。

「別にこのままでいいじゃん」的な。

自己反省もしなくなるし、他者への思いやりも当然なくなりますし、従来の手法を踏襲して自分の望むものを手に入れ人生を送ろうとし続けることになります。

 

 本日の参考文献はこちら。

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意識レベルについて:「傲慢さ」 その3 エゴの癖を知っておく

意識のマップでいうところの「ネガティブな領域」、特にそれが怒りと傲慢さの領域の場合、「エゴ」なるものの動きを知っておくことが重要になります。

 

エゴというのは「幻」であり、言ってみれば人間の思考感情その他が寄り集まった集合想念であるという話を以前しました。

幻とはいうものの、ホーキンズ博士はこの「エゴ」について非常に面白い話をしています。

それは、出来事を見た瞬間、「これは俺が成し遂げたものだ」と功績を主張するという性質がある、というものです。

出来事が発生してからその主張が始まるまでの時間は、なんと、10,000分の1秒とのこと。

このことを理解していないと、人間は、エゴの主張に振り回されてしまい、傲慢さのレベル以下に落ちてしまうことになります。

そうです、このブログで回避をなんども呼びかけている、ネガティブの沼にはまってしまうことになります。

 

では、出来事は、人間が引き起こしたものか? というと、そうとも言えるしそうとも言い切れない部分もあります。

曖昧な言い方ですが、人間が自分のネガティブな部分を「投影」している間は、自分のマインドが出来事を引き起こしていると言えます。ただしこのとき、エゴは、その出来事の責任を取ろうとしません。「うまくいかないのは〜〜のせいだ」と、原因を外部に作ってしまいます。

逆に、成功したときには、それこそエゴは鼻高々になって「これは俺が成し遂げた物だ!!」と声高に主張するようになります。これが曲者でして、仕事がうまくいった、素敵なパートナーができた、その他、という場合、こうしたものを生み出せる力はエゴにはありません。

これらは神と呼ぶ広大無限のエネルギーフィールドから放出されたものであり、要は、「神の功績」ともいうべきものです。

同様の努力をしても結果を出せない人もいる、というか結果を出せない人の方が多い、という事実が、その証明になろうかと思います。

本来は神の功績に証明もへったくれもないのですが、このブログは「エゴ対策」も兼ねているので、敢えて取り上げてみました。

 

要は、エゴのくだらない傲慢さをそのままにしておくと、本当に自分もその領域にひっぱられちゃうよということだと思ってもらえればいいということです。

 

ちなみに、なんですが…。

よく、何にでも反対する輩がいますね。頑固オヤジとか。別に暴力ふるうわけじゃないしモラハラってほどでもないんだけど、進学って言えば反対、引っ越しって言えば反対、結婚って言えば反対、とか。

だけど、実際にその結果を目の当たりにすると大喜びし、「俺は最初からこの方がいいと思っていたんだ」と痛い主張をする人とか。

そして、家族は、「お父さん最初は反対してたじゃん!! なんでそんなこと言い出すのよ」と怒る…。

 

これ、その人の意識レベルが低いって証拠です。エゴの動きをそのまま体現しているわけですからね。本人が悪いってわけじゃないんですが、マインドの訓練がなってなくてエゴに振り回されてることだけは確かです。

そんな人とどう接するかは、あなた次第です。

 

本日の参考文献はこちら。

 

Transcending the Levels of Consciousness: The Stairway to Enlightenment

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Dissolving the Ego, Realizing the Self (English Edition)

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意識レベルについて:「傲慢さ」 その2 

傲慢さは一見、今後ご紹介することになるであろうポジティブな領域と似たような外見をしてはいるのですが、よく見ると「ほころび」があちこちにあります。

 

まず、傲慢さの領域にあるグループは派閥主義を引き起こします。

グループそのものが批判にさらされると全力で反撃しようとします。

さらりと受け流したり、あるいは批判がそのグループの発展に寄与する内容ならば受け入れればよいものを、「言われた」ことが原因で反発するため、コストがかかることになります。

これが悪化すれば「戦争!!殺ったれ!!」ということにもなります。

 

実は中東の国々の一部がこの領域の意識レベルにあります。(サウジアラビアですら意識レベル200を切っています)

一部、と書いたのは、他はもっと意識レベルが低いのです。

 

傲慢さのレベルの特徴として、博士の著書「Transcending the Levels of Consciousness」には、宗教戦争/政治的テロなどが挙げられています。

 

で、なんで、傲慢さのレベルにあるとき、こうも争いが起きやすくなるのか?

という話ですが、それは、傲慢さのレベルの大きな欠点が「否定」だからです。

 

ネガティブな意識レベルに共通する特徴というのが「立ち位置」(物の見方、と思ってください)です。

「人を見たら泥棒と思え」的な考えも、立ち位置です。

男尊女卑も立ち位置に基づいています。

要は、視点 ということなんですが、これが柔軟にならずに「自分の物の見方が絶対なのだ」と思っているのがネガティブ性の特徴といえます。

 

話を戻します。

この立ち位置を揺さぶられると、傲慢さの領域においては、なまじパワーがあるために全力で自分の立ち位置を守ろうとします。

簡単に言えば、間違いを指摘された時、ぐちゃぐちゃと言い訳を並べて自分を正当化しようとするのがこの傲慢さによく見られる特徴といえます。

感情的な問題や性格の欠陥について指摘を受けてもその修正を拒否するのがこのレベルの特徴です。

自分を正当化しようとする輩が「成長」できるはずもなく、それゆえ、傲慢さのレベルにあるとき、人は成長をしなくなります。というより、成長を阻害されるのです。

物の見方が一辺倒になるため、問題解決のために自分が持っているパワーでゴリ押しするようになります。

しかし意識レベル200未満というのは、そこに問題解決のためのパワーはないのです。(どうしようもない問題の解決には、聖なる存在の介入を祈らなければならない場合も結構出てきます、が、傲慢さの領域にあると聖なる存在の介入を受け取ることができない状態に陥ります)

それが限界に達した時、会社で言えば経営破綻、国家で言えば財政破綻 等ということになります。

 

なおこの領域、ルシファー的エネルギーと言って、人間のマインドには判別不能な低次元アストラル系の介在を受けやすくなります。

要は悪魔に知らないうちに騙されてしまうのです。

絶対に霊的成長することのない領域へご招待! となりかねません。

 

このブログを発見されて内観し気づきを得られた方はラッキーかもしれません。

 

本日の参考文献はこちら。

 

Transcending the Levels of Consciousness: The Stairway to Enlightenment

Transcending the Levels of Consciousness: The Stairway to Enlightenment

 

 

意識レベルについて:「傲慢さ」 その1 悪い方のプライド

さて、意識レベルの解説シリーズ、ネガティブ性の最後は「傲慢さ」です。

英語では「Pride」と表記され、ホーキンズ博士の原書や意識のマップオリジナル版でも「Pride」として表記されています。

 

日本語で「プライド」というと、何かの功績を成し遂げ誇り高き心境、といったような良い意味を含んでいますが、英語でいうPrideに良い意味はありません。

そして、博士もまた、このPrideを「意識レベル上昇の踏み台にする場合」を除いては、ギッタギタにぶった切っているのが実情です。

よって、他の書籍やブログではこの言葉を「プライド」とそのまま表記していることが多いですが、良い意味はないのでこの領域にとどまってはいけないのだという意味を込めて、日本語に変換しても良い意味を持たない「傲慢さ」で統一します。

 

さて本題です。

傲慢さの領域の意識レベルは175です。

他のネガティブな領域からみると比較的パワーがあるほうで、社会の第一線で活躍するビジネスマンの中にはこの領域にとどまる人が比較的多いように見受けられます。

ちなみに、「パワーか、フォースか」によれば、アメリカ軍の意識レベルはこの領域にあるとされています。

20年前の測定結果とはいえ、現代もさして変わっていないように思われます。

 

傲慢さのレベルは、恥、罪悪感、絶望、悲しみなどの意識レベル二桁台から這い上がるには大きな助けとなります。

通常、自分の意識レベルを引き上げるための「助け」となると意識レベル540以上が妥当と言われているのですが、それだとあまりに高すぎて、パワーが強すぎて本人が拒否反応を起こすケースもあります。

その場合、敢えて、「一段上」程度の領域を使うという方法もあるのです。

しかし、傲慢さの領域は、なまじパワーがあって居心地がいいため、そこからすぐに這い上がらないといけないということを忘れてしまうという大きな欠点があります。

 

このレベルの特徴は、言ってみれば、職場でその立場を利用してパワハラをしまくる上司や先輩といったところです。

 

この傲慢さの怖い特徴を一つ、ホーキンズ博士の著書「Transcending the Leveil of Consciousness」よりご紹介します。

 

「傲慢さは、崩壊する前に起こる」。

歴史的に見ても、絶対的な権力を手にして驕り高ぶった人物が後日どうなったか、そのほとんどが存命中にその地位を追われ、敗走し、非業の死を遂げています。

歴史上の人物に限ったことではなく、これは、地球上に生きる誰にも当てはまることです。

筆者も博士の著書を読み進めていき、そして己の実生活を振り返るうち、「傲慢さは霊的にも本当にヤバい代物らしい」と実感するようになってきました。

 

傲慢さというものは外的条件に依存しており防御的で脆弱だという特徴があります。

外的条件というのは上記に挙げた社会的地位とか財産とかといったようなものです。

この外的条件がなくなると、その人物は突如それ未満の低い意識レベルに落ち込んでしまいます。

いじめっ子が、「後ろ盾」がなくなった瞬間、教室の隅で小さくなっていたり、あるいは自分も不登校になってしまったりというパターンがそれです。 

 

 本人が傲慢さの領域にあるとき、エゴは、鼻高々の状態にあります。

しかしこのとき、エゴもまた、攻撃に対して脆弱なのです。

「痛いところを突かれて逆ギレ」という現象は、このことを端的に表しています。

   

本日の参考文献はこちら。

 

Transcending the Levels of Consciousness (English Edition)

Transcending the Levels of Consciousness (English Edition)

 

 

おまけ:「いまここ」がなぜ大事なのか。

明日より意識レベルのうち「傲慢さ」を解説していくことになりますが、その前に。

今回は筆者が現在まとめを進めている本からのご紹介です。

 

人間を構成する三大要素として身体とマインドとスピリットがある、という話をだいぶ前に何度かさせていただきました。

覚えてない…という方のために、もう一度。

 

人間を構成する要素は、ボディ、マインド、スピリットです。

スピリットが人間の本来の姿であり、これは不滅ですが、ご存知の通りボディには「死」があります。

また、マインドは、実はエゴにも似ているのですが、思考、イメージ、記憶等を意識=スピリットに流し続けるもの という説明があります。

マインドは常に思考を流し続けるのですが、もともと真実と虚偽の区別がつかず無邪気な性格をしているため、ポジティブな考え方などを訓練して躾けることにより強力な願望実現の司令塔としての役割を果たすこともできます。

 

そしてこれの他に、人間の動物的本能部分が残留したもの、もっと言えば集合想念とでも言うべき幻のことをエゴといい、ほとんどの人間はこのエゴに振り回されて生きています。

 

という、簡単な説明を終えたところで、スピリチュアルな用語としてよく出てくる「いまここ」の重要性について、マインドとエゴの欠点と絡めて説明します。

 

マインドは思考を垂れ流し続けると言いましたが、そのほとんどすべては過去と未来に関係したものです。

現在、それも一瞬一瞬はすぐに過ぎてしまうものですが、現在に集中し続けている人が一体どれほどいるか…ということです。

仕事や学業やスポーツの最中ならまだしも、時間が空いたときなどに考えていることを思い起こしてみると、どうでしょう?

現在の目の前のことを考えるって、言われてみれば、そんなにないかも…と思われたかもしれません。

 

マインドは未来を予測して恐怖に怯え、過去を回想して後悔や憤りを感じたり、あるいは過去の栄光を懐かしむという性質があります。現在にベクトルが向かないのがマインドなのです。

あれ…そういう人、結構いるよね? と思ったかもしれません。

それこそがエゴとマインドの「非個人性」と言われる所以でして、この欠点はどの人にも当てはまるし、エゴもマインドも生まれつき持ってませんという人はいないのです。

 

これがもっとひどくなると、「心ここに在らず」状態になります。

 

仕事をさっぱり覚えない(学業も同様)、やってと言われたことをやらないのは、上記のようにエゴとマインドに振り回され、本人のマインドの訓練がまったくなっていない証拠です。

マインドの言うがままにベクトルが未来をむいたり過去をむいたりしているため、今やるべきことに集中できないのです。

この訓練は本人がその重要性に気づいてやらなければ意味がないのですが、ここで気をつけなければならないのは、エゴにしてもマインドにしても外部に投影するのが得意だということです。

そんな現象を目の当たりにする、しかも頻発する…という場合、自分のマインドをまずは見直し、エゴを取り消さなければまた似たような現象が現れるゾというメッセージだったりします。

 

真実のスピリチュアルって、ふわふわ「ポジティブに行きましょう〜〜〜」っていうのとは違うんですよ。

 

意識レベルについて:「怒り」 その10 怒りの感情が嫌うもの

怒りの感情が嫌うものです。

意識レベル高めになるにはこちらを選択していくことになります。

 

  • Self-control  (セルフコントロール
  • Forgive  (ゆるす)
  • Let go   (手放す)
  • ‘Go Scot free’  (罰を逃れる)
  • Exoneration  (無罪放免)
  • Restraint  (制止する)
  • Stay ‘cool’   (平静を保つ)
  • Think   (考える)
  • Ignore   (無視する・放っておく)
  • Stifle   (窒息させる・鎮圧する・抑える)
  • Dismiss   (却下する)
  • Be wrong   (悪い)=価値判断は本来霊的真実からそれているため、エゴ的価値観から見て敢えて悪いことを選択する、という意味
  • Keep to oneself   (人と付き合わない)
  • Appear weak    (弱さを見せる)
  • ‘Wimp’   (弱虫)
  • Be calm   (心が落ち着いている)
  • Peace   (平和)
  • Reason   (理由・理性)
  • Compromise   (妥協)
  • Acceptance   (受容)

本日の参考文献はこちら。

 

Transcending the Levels of Consciousness: The Stairway to Enlightenment

Transcending the Levels of Consciousness: The Stairway to Enlightenment