ブログLSOスピンオフ 人生に役立つスピリチュアル特集

スピリチュアルの技術を駆使して人生を改善してきた著者が、その理論と技術を公開。

悲しみ その7 悲しみに関連した感情について

悲しみを感じているとき、また手放しを開始して

その正体を見つめたとき、

怒りがわいてくることがあります。

 

愛着していたものを失うことで生ずる、

宇宙/神/世界/社会への怒り がそれです。

 

怒りとは、この世のすべてが一時的なものであることを

受け入れないがゆえに起きるもの、と

ホーキンズ博士の著書「Letting Go」に紹介されています。

 

人間は、自分にとって重要なものや慰めとなったものは

永遠のものだと考えてしまいがちですが、

これはもちろん錯覚でしかありません。

この考えが脅かされると怒り、自己同情を引き起こしてしまいます。

 

ただ、その怒りの過程で、「すべては一時的なもの」

という普遍原則を受け入れるケースもあります。

逆にもっと意固地になってしまうこともあります。

 

意固地になるということは、失わないように操作する ということです。

誓い、祈り、捧げもの、礼拝で神を操作しようとする行為。

(願い事があるときだけ神社に行って

 お賽銭10円だけ放り投げていろいろ願掛けしてくる…

 心当たりありませんか?)

贈り物や花を持ち帰ることで、夫婦仲がギクシャクしているのを

妻のご機嫌を取ろうとする鈍感な夫 とか。

 

まあたいていはうまくいかないんですが。

なぜうまくいかないかというと、そこにネガティブな感情が

介在しているからです。

ネガティブな感情は、願い事に対してマイナスのベクトルを

かけてしまう力があります。

(この話はいずれ後日詳しくさせていただきます)

 

うまくいかないときは、思い切って悲しみを感じ切って、

手放すしかありません。

ここまで低いレベルの感情は手放すのも一苦労です。

「手放してなるものか」というエゴの力が働き、

手放しさせない という抵抗が生じますが、

それも抵抗せずに静かに悲しみを過ぎ去らせることです。

 

物事を「操作」しようとしている時点で、

自分はネガティブな感情に振り回されていると

早めに気づいたほうがいいのかもしれません。

 

そして悲しみに関連した感情としてもう一つ、

罪悪感があります。

悲しみには多かれ少なかれ、罪悪感というものがつきまといます。

 

これは「失う」ということが「懲罰」を意味しているか

物事が思い通りにならなかったことへの怒り が関係しています。

この考えを改めない限り、この罪悪感は繰り返しよみがえり、

怒りの火に油を注ぎ続けます。

 

その苦しみたるや想像に難くありませんが、

できれば経験したくはないものです。

 

この、罪悪感、怒りというものは、本人が気が付かないと

消えることはありませんし、他者への投影が起きて

さらにトラブルチックな出来事を呼び起こします。

ここで「非難」という形で新たな損失を引き起こすのです。

 

非難は、自分は悪くない。悪者はほかの人。

そういう思考を呼び起こすからです。

非難と罪悪感には深い関連性があります。

 

一体どんな感情がネガティブでどんな感情がポジティブなのか

今後も順を追ってご紹介していきますので、

よろしければご参考にしていただければ幸いです。