ブログLSOスピンオフ 人生に役立つスピリチュアル特集

スピリチュアルの技術を駆使して人生を改善してきた著者が、その理論と技術を公開。

傲慢さ(プライド) その9 価値観は好みでしかない

傲慢さは他者の価値観を攻撃する原因になることは

これまでの「傲慢さ(プライド)」シリーズで

すでに何度かご紹介している通りですが、

 そもそも価値観の違いを理由にして

他人を攻撃する必要があるのか? という話です。

 

これも、霊的真実からすれば、

「何をするのも自由」

という大原則により

「どうぞご自由に」

ということにはなりますが、

その代わり、その状態のまま例えば

意識レベル600といった

聖者の領域に到達できるか? といえば

それは明らかにノーであります。

つまり、霊的には、俗物のまま終わる、と。

 

現在地球上にはおよそ72億人の人間が生きていると

言われていますが、考え方や意見も実に72億通り

あるということになります。

前回記事でさっくり触れましたが、意見というものも

もともとは「感情」から派生している産物であり、

意見や思考が正しいとか正しくないとか考えちゃうから

傲慢さにつながります。

 

繰り返します。

自分の意見が正しいとか正しくないとか

気にするのではなく、

自分がそれが好きだから愛する。

ただそれだけでよいのです。

そしてその内容を、当然ですが、

他者に強要(暗に を含む)するのはNGです。

 

このことを試すと人々はもはや好みや概念を

攻撃してくることはなくなります。

相手方はその好みをからかうか、あるいは

自分たちのことを変な奴だと思うかもしれませんが

もはや攻撃批判することはなくなります。

特に政治や宗教の分野においてはこのスタンスが

非常に有効です。

(日本ではあまり馴染みがないですが諸外国では

 「政治と宗教の話は迂闊に持ち出すな」

 といわれるゆえんであったりします)

 

「自分がこの宗教を愛している」

ではなく

「自分箱の宗教こそが絶対で、他の宗教が間違っていると思う」

と主張することが傲慢さであり、その中にあるとき、

主張者本人は怒りを感じていますから

その瞬間に屈辱的な論争の対象に巻き込まれてしまう

ことになります。

「自分が信じているものが絶対唯一のものだ」

と主張するとき、他人からの反発を呼ぶのは

傲慢さというエネルギーフィールドの性質がそうだからです。

ちなみに、いずれ別の機会に取り上げる予定ですが

博士は各種健康法のことを

「あれこれめまぐるしく登場するということは

 どれも絶対唯一の方法ではないということだ」

と切って捨てており(笑)

特定の健康法や食生活を「これが絶対にいいんだよ!」と

他人に強制しようとすること自体が、ネガティブ領域の

【傲慢さ】の領域にあるという証左となります。

 

楽しいからそれをする。

これ以上の理由はいらないのです。