ブログLSOスピンオフ 人生に役立つスピリチュアル特集

スピリチュアルの技術を駆使して人生を改善してきた著者が、その理論と技術を公開。

受容 その6 ジャッジメントをやめることで平和が訪れる

前回記事にて、受容という状態は罪悪感を捨てた状態であると解説しました。

なお、受容と受け身とは違います。

これは博士のほかの著書にもはっきりと書いてあることでして、受け身(=無気力無関心につながる。意識レベル50)と受容(=意識レベル350)とは似て非なるものであって、受容は何でもかんでも、それこそ霊的真実に反することでも服従することではないので注意が必要です。

 

罪悪感というものは、最も基本的な人間の部分にすら欠陥を見つけるものです。

悪化すると、「自分が生きていること自体が罪悪」みたいになってしまいます。

そしてこれまで説明したネガティブ性の中心にもなります。

ネガティブ性は放置したままだったり目をそらしていたりするとどんどん膨らんで自分の心の中のほかの領域にまで浸食するという恐ろしい一面があります。

なのでしっかり見据えて(味わい尽くして)手放す、という作業が必要になります。

 

さて、このレベルにおいては罪悪感を手放した結果、自分のことも楽しむことができるし、他人のことも、たとえ他人がどんな信念体系や行動をとっていたとしても、彼らは彼らなりの方法で人生と倫理観を理解しているのだなあと気づくことができます。

そしてもちろん、そのことについて口を挟むこともありません。

 

このレベルの大きな特徴が、ネガティブ性を手放した結果としての「無私と奉仕」といわれており、自分自身の個人的なニーズもまた満たされることになります。

他者から何も得る(=奪う)必要もないのだと感じているため、他者に依存する必要もないのです。

また、他の人の幸せを自然に願うレベルになるため、人間関係にも変化が訪れます。

 

「あの人はこう、これが良い、これが悪い」

ジャッジメントをしているのは自分のエゴの部分であり、それをやるのを止めると心に平和が訪れるよ ということです。