ブログLSOスピンオフ 人生に役立つスピリチュアル特集

スピリチュアルの技術を駆使して人生を改善してきた著者が、その理論と技術を公開。

セクシュアリティとサレンダー

愛とセクシュアリティは結びつけて考えるわけにはいきませんが、この分野についてはスピリチュアリストは必ず悩む領域です。

この分野を追求してしまって良いのか、と。

 

逆に、世の中ですから「性を追求して何が悪い」という方も割といますね。

 

この話題は、ホーキンズ博士の著書にも時折出てきます。

それだけメジャーな問題だからということもあるかと思います。

 

少なくとも著書「Letting Go」からは、たとえば不倫はダメだとかいう言い回しは出てきてないのですが、博士がセクシュアリティについて話していることを著書から抜粋しますので、一体何が自分にとって有益で何が有害なのか、よく考えてみてください。

 

  • 性的に感情的・肉体的喜びを得ることだけを考えてしまうと、相手は自分に対して怒りを感じる。「奪われた」と感じてしまう。
  • 自分がより愛情深くなるほどに、相手から与えてもらうことも増える。愛、そして愛する機会に包まれていることを感じる。

世間一般の惚れた腫れた、ましてや「パートナーがいながら、さらに感情的・肉体的満足を得ようとして他に遊び相手を探そうとする」輩の意識レベルが高いわけがないし、そういう輩をうっかり恋愛の相手に選んだ結果人生に悪影響が出る理由というのがこれです。(意識レベルが低い相手と深く接するほど、どうしても自分も影響を受けてしまいます。)

 

そうではなく、博士は、

  • 快感を得たいという欲求を手放し、自由になることだ

 

と話しています。

自由とは、セクシュアリティを持たない(性的行為を持たない)自由だということです。

この分野を追求したいのであればそれはそれでよいのですが、欲望の虜にならないようにということと、「幸福のために必要なもの…ではない」ということです。

 

特に、「頭の中でセクシュアリティに関する妄想ばかりしている」人ほどモテない、という趣旨の話を博士は言っています…。

また、これは男女問わずですが、自分の欲望のためだけに相手を利用する人の意図も、相手には無意識のうちに伝わってしまっている、と。

 

結論から言えば「相手に愛を与え、相手の幸せを祈れ」と言うことになるんですが、「気分的にそこまで至らない」という場合は、まずは自分の欲望と妄想を手放してしまうのが先と思われます。

 

本日の参考文献はこちら。

 

Letting Go: The Pathway of Surrender

Letting Go: The Pathway of Surrender