前回記事の補足みたいになりますが、恋愛のお相手がコロコロ変わる有名人であっても、人柄というべきか「あまり問題にならない人」(「深夜デート」などと、1〜2回程度週刊誌などで報道されておしまい、な人)と「芸能界追放」あるいは「無期謹慎」レベルにまで追い込まれる人の違いは何かなと考えたとき、見えてくるのが、「当の本人がお相手に『与えようとしている』か『得よう=奪おうとしているか』の違いではないかなと思われます。
後者の典型は、先日謝罪会見を行った某歌謡アイドルグループの一人ですね。
報道における「言葉力」の凄さもあるでしょうが、報道内容は事実と本人が認めており、その内容の凄惨さたるや背筋が凍ります。
他のメンバーも彼の素性に気がつかなかったというのですから、その素性の隠蔽がいかに上手だったかということです。
これが、意識レベル100〜199の「恐ろしさ」でもあります。
さて、そういう相手にひっかからないように…ではなく、ホーキンズ博士的「お相手の探し方」の話です。
著書「Letting Go」には、いわゆる「非モテ」の女性の例が紹介されていますので、抜粋します。
彼女は生まれつきすごく太っていて見た目が悪く、モテませんでした。それゆえ、美女を妬んでいました。男性が自分を避けるため、自分も男性を嫌いでした。
このころの彼女は「私かわいそう」の気持ちでいっぱい。心理療法を試したこともありましたが、今度はそのセラピスト(男性)が他の若い女性患者に興味があるように見えて、心理療法もやめてしまいました。
自助方法によって自己憐憫と鬱は乗り越え、その結果、良い仕事を得ることはできたけれども恋愛分野では成功しませんでした。
そこで彼女が試したのは手放しとサレンダーです。
彼女は、自分自身と恋愛に関するすべてのネガティブな感情を見ることにしました。
そして、ネガティブな感情を一つ一つ沸き上がるのを許可し、そして手放していったのです。
具体的には彼女はこんな感情を抱いていました。
- 他人の気を引きたい。受け入れられたい。
- 自分自身を表現するのが怖い。拒絶されるのが怖い。深く愛されるのすら怖い。
- その根っこには「私は愛されるに値しない。こんな私を誰も愛するわけがない」という気持ちがあった。
これを全部手放したわけです。
そうしたところ、誰とデートしてもモテモテになってしまった。
詳細は省きますが、そんな流れがやってきたのです。
ということで、セクシュアリティもまた、自分の全体的な意識状態を反映するということです。
「得るのではなく与えようとするとき、自分自身の要求が自動的に達成される」
本日の参考文献はこちら。

Letting Go: The Pathway of Surrender
- 作者: David R. Hawkins M.D. Ph.D
- 出版社/メーカー: Hay House Inc.
- 発売日: 2014/01/15
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