ブログLSOスピンオフ 人生に役立つスピリチュアル特集

スピリチュアルの技術を駆使して人生を改善してきた著者が、その理論と技術を公開。

涙は浄化の力を持つ、というが。「悲しみ」と意識レベルについて。

意識レベル100を切るレベルは自力で生きる力がないとすら言われるレベルでして、この「悲しみ」も意識レベル100未満の領域となります。

 

それでも、無気力無関心のレベルからすれば、まだマシではあります。

 

ホーキンズ博士の著書の中に、無気力無関心のレベルと悲しみのレベルについてこのようなたとえ話が掲載されています。

 

息子を戦争に送り出している婦人のもとへ、一通の電報が入った。息子が戦死した、という知らせだ。婦人は悲しみのあまり狂ってしまい、とうとう、何を見ても何を話しかけられても反応しなくなってしまった。日々をロッキングチェアーに腰掛けてゆらりゆらりと揺れ続ける、そんな日々を送っていたところ、息子だとされていた遺体は実は別の兵士のものであり、息子は無事に帰国することが決定した、という知らせが入った。家族は喜んで、婦人を励まそうとするが、婦人は何を話しかけられてももはやゆらゆらと揺れ続けるだけで何も反応しない。

 

博士は、

「これがもし、婦人が泣くことができたのなら、彼女のパワーは意識レベル50から75に素早く上昇し、さらに上昇する余地があるだろう」

としています。

 

悲しみが象徴するものは「泣く」ことです。

涙には浄化の力がある、なんて話を聞きますが、恥や罪悪感や無気力のレベルから脱出するには良い処方箋といえるのかもしれません。

ここからが、感情を表現し始めるレベルとなります。

 

とはいえやはり悲しみのエネルギーフィールドにながく留まるのは得策ではありません。

このエネルギーフィールドが表す感情とは、後悔、失恋の感情です。

意識内で起きるプロセスは、不快です。

 

このレベルは、精神・スピリット・人生のエネルギー、つまり生きる意志の喪失を意味します。

やはり、宇宙からのエネルギーが断ち切られてしまうのです。

 

このレベルでは神のことをどう見るかというと、悲しい世界があってそれを無視するのが神、という見方になります。

 

ちなみに筆者は泣くのは好きではありません。

理由は、すっきりすからではなく、非常に疲れるからです。

泣くという行為のエネルギーフィールドが意識レベル75という非常に低いエネルギーであれば、その分野に浸かっていること自体が疲れるわけですから、当たり前ですね。

筆者は幼少時、学校でも家庭でも毎日のように泣いていた(泣かされていた)記憶しかありません。

もちろんそれゆえ学校も家庭も楽しいと思ったことは一度もありませんが、博士の著書を読み込むと、その理由が超絶納得なのです。

 

本日の参考文献はこちら。

 

Healing and Recovery (English Edition)

Healing and Recovery (English Edition)