ブログLSOスピンオフ 人生に役立つスピリチュアル特集

スピリチュアルの技術を駆使して人生を改善してきた著者が、その理論と技術を公開。

罪悪感の放棄は、いわゆる開き直りとは異なる。

都合の悪いことを指摘されて開き直る人が世の中にはいますね。

「それのどこが悪い」というように。

この態度は意識レベル175、「傲慢さ」に特筆される態度です。

 

自分を改善しようとすることを拒むという特徴が、意識レベル175にはあります。

意識のマップを再掲します。

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このブログでは「罪悪感を手放せ」という話を何度かしていますが、自分が知らない/できない/わからない ことに対して「罪悪感を手放せばよいからそんなものどうでもいい」というわけにはいきません。

 

どういうことか。

例えば、「昨年に店を開いて1億円売り上げたけど、税金のことなんかわからないから、確定申告しないでどこが悪い、どうせ勉強なんて嫌いだし」

と言い張る態度のことです。

 

「そんな奴はけしからん」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

しかしこの手合いの面々は、世の中ですから一定数いるのもまた事実なのです。

上記の例であれば、税理士に税務関係の手続きを依頼すればよいだけの話ですが、それすらも「なんで頭下げて高い金を払ってそんなものを頼まなければならんのだ」という輩すらいます。

 

あるいは、仕事を覚えられなくて上司に叱られていても上の空、内心では

「わかんないんだからその都度聞けばいいんじゃね? なんで覚える必要あんの?」

という輩も一定数います。

何度も解雇されてもまだ目が覚めない輩もいるというか、そういう輩ほど退職時に大問題を引き起こすことも多い(すんなり退職しない)という共通点があります。

 

だいたい、こうやって開き直っている間、本人にそのつもりはなくても罪悪感は暗躍しているのです。

上記のごとく問題を起こしまくるのはエゴのなせるわざそのものであり、ホーキンズ博士もまた、エゴそのものを放棄分解するのが人間の霊的な仕事だという趣旨の話をしています。

開き直っている間、気づかない間は、手放しができているとは到底言えない状態だといっても過言ではありません。

そしてもう一つの特徴としては、開き直っている輩は「その分野に秀でた」=努力している相手の努力を認識しない、認めない傾向があるため、その人に対して敬意を払うこともしないし「あいつができるんならやらせりゃいいじゃん」と内心では考えていますからタダ働きさせようとします。

他者への思いやり、共感からは程遠い態度であり、意識レベルも低レベル=深く関わると自分の意識レベルも下がることになります。

この手の輩の「口先だけ」の褒め言葉や労いの言葉にだまされないようご注意を。 

 

手放しとサレンダーについての参考文献はこちら。

 

Letting Go: The Pathway of Surrender

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