ブログLSOスピンオフ 人生に役立つスピリチュアル特集

スピリチュアルの技術を駆使して人生を改善してきた著者が、その理論と技術を公開。

セクシュアリティ=愛 ではないが、表現の一つとすることはできる。

ホーキンズ博士の著書「Letting Go」第6章の「セクシュアリティ」、キモの部分だけご紹介します。

 

この章は低次元の例の紹介が延々と続くため、読んでいると具合が悪くなります(--;

博士が悪いのではなく、それだけ、人類の歴史の中で人間がいかにこの分野を「悪用」し「ネガティブ性」をくっつけてきたかということの証左です。

興味がある方はぜひ原本を読んでみてください。

 

さて本題ですが、霊的に言えばセクシュアリティは利用されるべきものでも否定されるべきものでもないということです。

そして、高次元のエネルギーフィールドからセクシュアリティを経験することもできる、と博士は言っています。

 

その方法とは?

原文とともに引用します。

 

When the energy, feeling, expression, or desire comes up, first, let go of labeling it or calling it anything.

Let go of the fantasies, images, and pictures, and instead, allow the experience of what it is and the sensations of it to occur. 

By letting go of resisting them, they progressively diminish.

The solar plexus energy fields of desiringness, cravingness, and wantingness eventually run out. 

(中略) 

If we look at it and cancel the content of the ‘what’, whether it is diamonds, a fur coat, or someone else’s body, we realize that the experience itself is unpleasant.

 

エネルギー、感情、表現、または欲望が湧き上がったら、まずそれにレッテルを貼ったり名前をつけて呼んだりするのを辞めることだ。

幻想やイメージ(絵)を放棄し(=そういうものと上記を関連付けることを辞めるという意味)、代わりに、それが何であるかという経験と、それの感覚が発生するのを認めるようにする。

それらに抵抗することを放棄することによって、それらは次第に減少する。

欲望や渇望(を象徴する)太陽叢のエネルギー分野は最終的に使い果たされる。

(中略)

我々が、それがダイヤモンドであろうが、毛皮のコートであろうが、(自分が抱きたいと思う)他人の身体であろうが、その物をみてそれがなんであるかのコンテントを取り消せば、その経験自体は不快なものであるということがわかる。

 

要は、欲しいという他人ですら、そういう思いは幻想でしかなく、その幻想をしっかりと見抜いて手放しなさいということです。

意識レベル125の分野から発せられる「欲しい」という思い自体は人間にとって不愉快なものだからです。(大方の人間は気がついていませんが)

 

博士は、まず、その「欲しい」という不快な欲求があることに気づけと言いたいようです。

そして、低次元の感情を手放したところに高レベルのエネルギーが流れ込むという話も以前ご紹介しました。

手放しがしづらいという方はぜひ参考にしてください。

 

本日の参考文献はこちら。

 

Healing and Recovery (English Edition)

Healing and Recovery (English Edition)

 

 

 

Letting Go: The Pathway of Surrender

Letting Go: The Pathway of Surrender