ブログLSOスピンオフ 人生に役立つスピリチュアル特集

スピリチュアルの技術を駆使して人生を改善してきた著者が、その理論と技術を公開。

「自分は特別な使命のもとに生まれてきた」とは思わないこと。

これもホーキンズ博士の著書「わたし 真実と主観性」を読めばはっきりとするのですが、人間はこの世に「霊的成長」のために生まれてきています。

 

ところが最近では、インディゴなんちゃらとかレインボーがどうとかいう、それをスピリチュアルと信じて疑わないような考え方が乱立しているような気がいたします。

このような考え方は今も昔も変わってはいないのかもしれませんが。

 

なぜこんなことが起きるか?

上記著書から引用します。

 

すべての伝説は、人間の集合的な罪悪感や怖れ、霊的無知に加え、”選民”であるという希望的プライドや、自分は特別扱いをされるにふさわしい少数者であるという考えから生まれています。

(261ページ)

 

要は、インディゴなんちゃらに例えて言えば、

「自分は、(他の人間とは違って)より純粋で崇高な魂に違いない…!!」

と信じ切ってしまっているということです。

 

これが、ただ単に、

「自分は(他の人もそうだけど)純粋で無垢な魂であり、これが自分たち人間の本質である」

と言うなら、真実に近くなります。

ただ、普段の行いが「なんだかなぁ」な人は、低い意識レベルを味わいつくしている最中(そういう課題に取り組んでいるところ)であるということと、エゴに振り回されて本質が見えなくなってしまっているだけです。

 

人間は霊的成長のためにこの世に誕生してきています。

つまり純粋で無垢でもあるし、キツイ言い方をすれば「そのまま何もしないでは大したことはない」ということ。

 

もっとキツイ言い方をすれば、インディゴうんたらとかクリスタルなんちゃらとかいう考え方と、「自分はそれに違いない」という考え方は、スピリチュアル的厨二病、と表現してもいいかもしれません。

それくらい、真実の観点からすれば「痛い」考え方になります。 

 

確かにイエスキリストのように、この世に登場してすぐに霊的なマスターとなる存在もいるはいますが、そのような存在であれば本当にイエスキリストのように霊的にセンセーションを起こしているはずです。

少なくとも、人々の心になにがしかのインパクトを与えるはずです。

 

スピリチュアル的厨二病のほうは、こうして純粋とか崇高とか考える割には、実生活上はDVやモラハラなど各種問題を引き起こすことがままあります。

 

なお、キネシオロジーテストが使える方は、この記事が意識レベル200以上かどうかテストしてみてください。

 

本日の参考文献はこちら。夜中でも思いついたらダウンロードして読めるとは本当に便利な時代になったものです。

 ありがたいことです。

<わたし> ―真実と主観性(覚醒ブックス)

<わたし> ―真実と主観性(覚醒ブックス)