ブログLSOスピンオフ 人生に役立つスピリチュアル特集

スピリチュアルの技術を駆使して人生を改善してきた著者が、その理論と技術を公開。

意識レベルについて:「罪悪感」(LOC.30)その4 罪悪感は過去に関連する

罪悪感というものが社会や親や学校などからのプログラムにガッツリと根付いており、その大元というのが「人を操作支配するのに使える感情だから」という理由からきているという話をしました。

 

そもそも罪悪感というのは、「良いとされていることをしない・できない」あるいは「悪いとされていることをしてしまう」ことに関するネガティブな感情です。

そして、良い・悪いの判断自体が意識レベル180であるという話を以前いたしました。

 

miyagilso.hateblo.jp

 

つまり特定の行動や考えを切り取って「あれはよい」「あれは悪い」という訳にはいかないのです。

それはなぜかというと、我々の「マインド」は生来的に善悪の判断がつけられない仕組みとなっているため、無知な者が「あれは良い」「あれは悪い」と言い出したところで信頼できる判断とは言えないということは自明です。

 

ホーキンズ博士は、「(過去の)過ちは避けられないものである」と著書の中で話しています。

 

またしても東日本大震災の話で恐縮ですが、現地では大津波警報が出ており、かつ町中の防災無線がけたたましく鳴り響いているにもかかわらず、「本当に津波なんて来るのー?」とばかりに高台から下へ降りていったり川の堤防に上がって海を見学していたりという人がいました。

現地でも彼らの行動を嘲笑していた人もいたのです。

津波なんて本当に来るんだろうかって下に降りていって…バカじゃね?」

死人に口無しとばかりに。

 

確かに、今となっては「バカじゃね?」となるのかもしれませんが、嘲笑する前に我々はそこから学びを得る必要があります。

博士は、こうした過ちを、「非個人的なものである」と言っています。

要は、「そこから学習しなければ、明日は我が身だ」という意味です。

 

無知なら無知なりに、故人の過ちから学ぶ必要があります。

しかし悲しいかな、いわゆる「語り部」や「歴史」からの学びを拒絶し、相手を「哀れな人」と見て自分のくだらない自尊心を保とうとする輩のほうが圧倒的に多いのです…。

 

そしてその結果が、あの日(3.11)以来頻度が増している大規模自然災害の数々のような気がしてなりません。

 

こうした「過ち」から学び続けるなど、罪悪感を呼び起こす過去の出来事はコンテキスト(背景)を見直すことで、その意味も意識レベルも変わるのです。

 

 

Transcending the Levels of Consciousness (English Edition)

Transcending the Levels of Consciousness (English Edition)