ブログLSOスピンオフ 人生に役立つスピリチュアル特集

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エゴの罠 実践編:縁を切った両親(番外・父親編)

前回記事で母親との絶縁の経緯についてご紹介した筆者でしたが、では父親は…? という疑問が出てきそうかなと思われるので、記事にするレベルですらないほど低次元ではありますが一応ご紹介します。

 

父親は、筆者が学校などになじめないときは(筆者の事情も一切考慮せず)ただなじり、しつけ=頭を叩く(10代になるまでほぼ毎日頭を思い切り叩かれていました)、筆者が中学生のときは件の母親と同じように、うっぷんばらしのはけ口なのか、やはり精神攻撃を連日受けていました。

また、筆者が高校や大学に行くようになると、つまり身体が成熟するにつれて性的な視線を送られるようになり、セクハラ発言も増えてきました。

あまり詳しく書くとそれだけで数記事出来上がってしまい、このブログの意識レベルも下がるので、あとはご想像にお任せします。

 

まさにDV親の典型です。どうしようもないバカ父親です。

 

中学生のときの精神攻撃が元で、高校は自宅から通えない距離の学校にしようという話になり、高校時代より家族と離れて暮らすようになりました。

高校も大学も(一応)ナンバースクールという類でしたので、父親はそれまで筆者の心に寄り添ったことがないのに突如自分の自慢の材料に使うようになりました。

それもまた筆者にとっては非常に憤りを感じましたが、社会人になって(母親の信念体系等が影響して)行き詰まりを感じ、資格をとって地元で開業、と同時に、もう一度家族をやり直そうと思っていたのです。

 

しかし父親は筆者の「許し」に乗じて、またも精神攻撃を仕掛けてきたのです。

筆者にあることを注意されたのが(それも注意されるほうが悪いというものなのですが)癪に触ったようで、逆ギレして、その主題とは関係ないことまで持ち出して筆者を人格攻撃してきたのです。

あまりの悔しさに、逆に筆者が泣いてしまうレベルでした。

 

もう、この父親と交流するわけにはいかない。

そう考えた筆者は、それから父親が2009年に死ぬまで、必要以上の会話をせず、目も合わせず、一切関わらない、父親が入院しても身の回りの世話は母親と妹に任せて見舞いにもいかない、そのようにして過ごしてきました。

一応一度だけ温泉旅行に連れて行きましたが、これまでされたことを考えればそれでも親孝行としては十分すぎると考えていました。

育ててもらった恩もあるだろ、とは言われそうですが、人間としての尊厳を踏み潰し続ける人間に対しては親だろうが雇い主だろうが甘受していい理由はありません。

父親は、「長女(筆者のこと)は俺と仲良くしようとしない」と母親によく怒っていたようですが、当たり前です、人未満の扱いをする人間に懐くなんて相手のネガティブ性を甘受してしまっているのと同じです。

 

ちなみに父親は心筋梗塞にはじまり、ガン、脊椎狭窄(?)、その他各種病気をしまくって、10年前に60歳前後で死にました。

これまで父親が作り出してきたネガティブ性を考えれば自業自得ですね。

 

筆者が、人間として霊的成長を拒みながらも生きることにこだわり続ける、死ぬ前の父親に対して言い放った一言があります。

「人生を真剣に生きてないからそうやって生きることにこだわり続けるんだよ」

 

今でも、筆者は、この一言を言ってやってよかったと思っています。

霊的成長をしないということは、人間としての義務を放り出すということですから。

 

今思えば、この一言、「死への恐怖を手放し受け入れろ」という高次元からのメッセージを言わされたのかなあ…と思わなくもないのです。