人生に活かせるスピリチュアル~デヴィッド・ホーキンズ博士の教えから

スピリチュアルの技術を駆使して人生を改善してきた著者が、その理論と技術を公開。

意識レベルについて:「悲しみ」 その7 「執着しないこと」についての誤解

 前回までの記事において、所有権の幻想とか執着が悪いとかいう話をしてきましたので、いよいよ「では何も持たないようにしよう! やはり清貧が一番なのだ!」と思ってしまう方が多数出てきてしまうのではないかとちょっと心配しています。

 

執着は確かによくないのですが、なぜよくないかというと、それが無用の苦しみを生み出すからです。

 

ここに、「非執着」と「離脱」の違いを考える必要があります。

非執着というのは、特定の物事について、あればあったでよし、なければないでそれもあり という心境が近い表現になります。

離脱というのは、特定の物事について、「絶対に自分の側にあってはダメだ!! 排除しなければ!!」という心境がそれに近いものとなります。

 

たとえば、お金という存在は執着を生むからお金を稼ごうとしてはダメだ、と考えてしまうのが後者の離脱という考え方に近いです。

↑こんな信念体系を抱いていたらマジで日常生活もままならなくなります

 

実は巷のスピリチュアルな教えの中には、この離脱のほうを「霊的真実」として、つまり贅沢は敵だ的な教えをバンバンしまくっているものが多数見受けられます。

(そう言っている割には、その言出屁が信者から集めたお金で贅沢をしまくっていることが多いです)

 

離脱の何がよくないかといいますと、ホーキンズ博士曰く、

 

「受動性(=意識レベル50)、人生における関心の喪失(要は何事にも無関心になってしまうということ)、感情の喪失(手放しとは違い、感情を理解できなくなってしまうということ)につながる」

 

ということです。

 

このブログをよく読み込んでくださっている方はここでピンときたと思います。

これら、無気力無関心のレベルで顕著に見られる症状なのです。

そう、離脱=「排除だ!」と粋がってしまうことは、実は意識レベルを大幅に下げてしまう行動なわけです。

 

ここまで書いて気がつかれたでしょうか。

間違った教えについて行ってしまうということは、自分の意識レベルを大幅に下げてしまうということなんだということが。

 

 

Transcending the Levels of Consciousness (English Edition)

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