人生に活かせるスピリチュアル~デヴィッド・ホーキンズ博士の教えから

スピリチュアルの技術を駆使して人生を改善してきた著者が、その理論と技術を公開。

意識レベルについて:「悲しみ」 その7−2 行動と感情は別個に考えること

前回記事において、清貧がよいわけではないとか執着はダメで非執着がよいとかいう話をし出したところで混乱されている方が出てきているのではないかと思うのです。

 

かくいう筆者も、当初、執着と非執着と離脱の話を出されたときは混乱というより訳がわからなくてスルーするしかありませんでした。

 

意識のマップを見るとき、すでに気がつかれた方は非常に勘が良いといえますが、特定の行動についての意識レベルは意識のマップに掲載されていないのです。

ということで、再掲します。

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ちなみに一番右の列は、プロセスであって「自分自身の行動」のことではありません。

この意識レベルに到達するということはこういうプロセスを経ていますよ、という意味です。

 

愛一つとっても、それがストーカー・DV的支配欲から来るもの(=意識レベル200未満)なのか、それともロマンス(=意識レベル概ね500未満)から来るものなのか、それとも真我の愛、つまり霊的真実における愛(=意識レベル500以上)なのかという違いがあるのです。

その違いは、その行動の中に含まれている人間の意図や感情に左右されます。

 

行動そのものとして、どこをどう考えても意識レベルが高い訳がない な行動(例:連続殺人、つまりシリアルキラーは意識レベル35程度)もありますが、一般的に人間の行動にはその時その時によって背景も異なるし手がける人間が違えばそこに絡む感情やエネルギーフィールドも異なってきます。

だから行動だけを見て意識レベルの高低の判断をつけることはできないのです。

 

行動と感情は別個に考えないと、相手の真意を見抜けず損害を被ることになります。

 

本記事は以下の記事の補足になります。

 

miyagilso.hateblo.jp