人生に活かせるスピリチュアル~デヴィッド・ホーキンズ博士の教えから

スピリチュアルの技術を駆使して人生を改善してきた著者が、その理論と技術を公開。

意識レベルについて:「悲しみ」その7−3 離脱も執着もしないためのヒント

ホーキンズ博士が「聖者」、つまりスピリチュアルなマスターの一人として認めている人物の中に「ラマナマハルシ」がいます。

彼はインドの生まれで、16歳の時になんの前触れもなく神秘体験を経験し、その後しばらく言葉を発することができずにいましたが、その後マスターとして数々の教えを伝えるまでになりました。

「私は誰か?」という名言を遺した人物です。

 

そんなマハルシが遺した言葉の一つを(和訳で)ご紹介します。

前回記事の、離脱も執着もしないためにはどうしたら良いか? のヒントになるかもしれません。

 

結果など気にせず行動しろ。自分が「行為者」だなどと思うな。(自分の)仕事はすべて神に捧げろ。

 

 

意識レベルが高い本の一つと言われる「バガヴァット・ギーター」にも、親戚同士で戦争しなきゃいけないのかと悔やんで悩む主人公アルジュナに対して神であるクリシュナが「(戦争したことの)結果の責任は神がとるからお前は目の前のやるべきことをやれ、気にしないでいいから戦え」と諭す場面があります。

 

自分が行為者だなどと思うな、という真意は、「自分が物事の善悪を判断するな」(自我の狭い見識から、なぜその行為が良いとか悪いとか判断できるんだ? 思い上がるなよ? 的なメッセージ)ということだと思うくらいがよいと思われます。

 

それで、「仕事を神に捧げろ」となるわけです。

具体的には、無の境地でことに当たる。「このことを進めて良いかどうか私に答えをください」と祈る。など。

自分の迷いを脇に置ける方法を知っているならそれをやるのも手です。ジョギングなどがいい例かもしれません。

一番よくないのは、その迷いをマインドのど真ん中に置いて弄り続けることです。要はあれこれ思い悩むのが一番よくないです。ますます答えがわからなくなります。

本当にやってはダメだっていうなら、なんらかの形でストップがかかるように物事が進んでいくことが多いです。

 

筆者は、やっていいか悪いか迷った場合、キネシオロジーテストで「お伺い」を立てています。

 

本記事は以下の記事の続きとなります。

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