人生に活かせるスピリチュアル~デヴィッド・ホーキンズ博士の教えから

スピリチュアルの技術を駆使して人生を改善してきた著者が、その理論と技術を公開。

嫌いなものを念頭に置いてしまうと…

金融庁が「老後資金は公的年金を除いて2000万円不足する」「今から準備しておくように」と発言したことを受けて一部の方が年金デモなるものを繰り広げているようですね。(他人事みたいな言い方だ、と言われそうですが…)

そしてそこに対して「税金泥棒」「もっと効率よく稼げ」などとツイートした方もいてさらに混迷を極めているような感もあります。

 

スピリチュアル的にこの問題を見ると、やはり、いろいろなものが見えてきます。

 

まず、税金泥棒発言ですが…

この方らしいといえばこの方らしいですが、何か物事を成し遂げた方はパワーがある一方で、「自分とは立場が違う人々」の背景を考慮していないことも多いのです。

 

アドバイスされても、お膳立てをされても、できないものはできない。

そういう方も世の中ですからいるのです。

その理由は、ずっとこのブログをご覧の方ならピンとくると思います。そう、意識レベルが低すぎてパワー不足なため、本人をつき動かせないのです。

彼はおそらく、そうした背景を考慮していません。

そして、世間一般的な「努力の方法」は、実はパワーを「生産する」のではなくパワーを「消費する」ことが多いのです。

その理由は、世間一般的な努力の方法というのが、いずれもエゴ的知覚に基づいているためです。

 

なのでそうした努力をすればいいじゃん、とツイートする人に対してリプライし炎上させても自分の霊的成長という観点からはなんの得にもなりません。

 

それから、年金デモ自体なのですが、「年金返せ」という叫びの背景には「将来年金をもらえないのに保険料ばかり徴収するのはいかがなものか」という心理があると思われますが、この根底の感情を正視しないと、自分のマインドに「年金はもらえない。保険料ばかり徴収される。自分はそれが実現化されることを認める。」と呼びかけることになります。

するとこれが現実化する羽目になります。

 

脱原発デモと一緒です。原発、というキーワードを自分のマインドに刷り込むことになってしまいます。

つまり、嫌いなはずなのに、その嫌いなものをわざわざ自ら現実化させてしまっているようなものです。

 

何かを主張したくなったら、「その背景にある自分の気持ちはなんだろう」と自問するところから始めるとよいです。

 

ちなみに社会保険労務士の立場として言わせて貰えば、年金だけでは生活していけないのは20年以上前からわかりきっていたことです。(国民年金の支給額を見れば、「あっ、これだけで生活とかって、固定資産税の低い田舎で相続でもらった自宅+畑をもって野菜等食べ物を自分で生産して食べるか海岸で連日魚でも釣って食べるでもない限り絶対無理」とわかるようなものですが…)

時折ニュースでもやっていたはずですが、大多数の人間はそうした情報も正視して対策、ではなく「自分の知ったこっちゃない」とばかりに無視です。理解できない(理解とは知性によるものですから意識レベル400、つまり自分の問題であるにもかかわらず理解できないってことは自分の意識レベルが低いということを意味しています)

だから年金デモとかって何を今更、と思わなくもないです。

 

筆者の場合は、自分の波動をMAXまで上げて(やはり自分の「手放しとサレンダー」が進まないと、恩人のテコ入れを受けてもなかなか自分のレベルは上がらないものです)、そこからことを起こすという裏技(?)がありますが。

これが筆者なりの老後対策であります。

 

さて筆者ですが、今週は久しぶりに夜の繁華街で連日飲食を楽しんでおりました。

このブログを書くとその場の意識レベルが上昇するということが判明したので、一部の行きつけのお店の協力を得て実践しておりましたが、ただ座っているだけでも筆者の周囲にわんさか人が寄ってきて、いろいろ話しかけられるし人生相談は受けるしで結局ブログ更新は1件のみ(6/27分)となってしまいました。

いいのか悪いのか。やれやれです。