ブログLSOスピンオフ 人生に役立つスピリチュアル特集

スピリチュアルの技術を駆使して人生を改善してきた著者が、その理論と技術を公開。

感情の手放しを始めたときに起きること

ホーキンズ博士は特に感情の手放しについては複数の著書でその重要性を説いているだけでなく、著書をまるまる1冊使ってまでその重要性について紹介しています。

 

このブログでも、その著書「Letting Go」についてはすでに一通り説明を終えていますので、タグ「手放しとサレンダー」シリーズを順を追って読んでいただければと思います。

 

さて、感情の手放しを始めたときに起きることは、最初は必ずしも良いこととは限りません。

筆者は本格的に手放しを開始して1年半(このブログ開始と同時期)くらいになりますが、それまでの人生において(外的圧力が強いためやむなく)感情を抑圧しつづけてきた分、ことある度に幾つも幾つも思い出すため、疲れていると手放しも面倒になってしまうことも、確かにあります。

昔のこととか、そのときの苦しい思いが、芋づる式に出てくることもしょっちゅうです。

知らない内にまた無意識の領域に押し込めているということもやってしまっているかもしれません。

 

特に、筆者に生涯を通じてネガティブを刷り込み続け、かつ抑圧を強要しつづけてきた両親に対しては、怒りを通り越して「あんたたちはもはや私の人生となんら関係ない」と心の中で宣言するまでに至りました。

それでも生きていられます。親を大事にしなさい、とはよく言われることですが、これは子供に対して「人として」真っ当に接してきた親に対してであって、いじめっ子同様に相手を人として尊重できない、いつまでも子供を自分のいうことを100%聞く家来か何かのようにしか扱えない輩であればその後の付き合いを考え直すべきです。

それでも許して仲良くするのならそれはそれでありです。

(個人的には、許した=また狼藉を働いても構わない と解釈してしまう甘ったれが結構世の中多いため、そのような輩に喝を入れるという意味でも、あまりうかつに「許すよ」と相手に言わない方がいいんじゃないかとは思っています。少なくとも筆者は、許した相手が片っ端から甘ったれるという現象を嫌という程見てきたため、現在は喝を入れる目的で縁切りという方法をとっています)

 とはいえ、ふとした拍子に当時の感情がありありと蘇るのはしょっちゅうです。

 

この噴出が終わらない限りは人生は安定しないな、というのが個人的な感想です。

 

それでもやるのです。

それは、死ぬまで抑圧すれば、いずれ「持ち越し」になります。

来世で一気に片付けるか、抑圧をそのままにした分意識レベルが下がってそれ相応の世界へ移動するか、地球に残った他の人が代わりにやってくれるのを期待するかのどれかになります。

いずれにせよ、それは、自分のネガティブなカルマにつながるものと思われます。

 

 

 

Letting Go: The Pathway of Surrender

Letting Go: The Pathway of Surrender