ブログLSOスピンオフ 人生に役立つスピリチュアル特集

スピリチュアルの技術を駆使して人生を改善してきた著者が、その理論と技術を公開。

いじめは、罪悪感をもたらす。

さて新学期が始まりました。

 

学校に限らず、勤務先でも、人が集まる場所には必ずと言っていいほど、いじめの問題は発生します。

いじめは、言ってみれば、自分のマインドにあるネガティブ性を他者に向けて表現したものです。

人間のエゴとマインドが生み出した産物というしかないです。

 

いじめは、いじめた側に対し、罪悪感をもたらします。

当たり前すぎて読む気にならない、と思われたかもしれません。

あるいは、いじめた側はいじめたことも忘れている(というか自分がいじめているという認識がない)から、罪悪感なんて感じないのでは…少なくとも自分の近くにいるいじめる人は罪悪感のかけらもないように見受けられる…と思われた方もいらっしゃるかもしれません。

 

このときの罪悪感は、無意識の罪悪感です。

本人が明らかに感じることもなく、また目にも見えないというなかなか困った代物になります。

いじめる側といじめられる側、という捉え方は言ってみれば「立場上の勝ち負け」ともいえますが、相手を打ち負かすということは、打ち負かした本人に罪悪感をもたらすのだ、とホーキンズ博士は著書の中で説明しています。

 

密かに、いつか、いじめた奴に仕返しされるのでは? という無意識の恐怖もそこには存在することになります。

実際にそれが現実のものとなり、人生失敗してしまう人もいます。

罪悪感や恐怖は、他のネガティブな感情を呼び込む原因となり、やがては抑うつや偏屈的な性格をもたらす可能性が大きくなります。

こうした要素は、いじめた側の意識レベルを大幅に下げてしまう原因になります。

 

意識レベルが高い状態はどういう状態かと言いますと、思いやり、共感、受容(=相手の言いなりになるという意味ではなく、ありのままを認める、正確な姿を認識するという意味に近い)、愛(=感情的な愛ではないので要注意)、謙虚さ の状態です。

これらはマインドで考えても実現できません。(逆にエゴに利用されてしまいます)

その状態にある ように自分自身を持っていく しか、実現方法はありません。

 

いじめはやめたほうがいいです、なんて陳腐なことを書くつもりはありません。

おそらくそのメッセージを本当に受け取るべき人はこのブログなど見向きもしないでしょう。

ただ、いくらスピリチュアルワークを行っても状況が一向に良くならない、というとき、一つの可能性として「過去に行ったこと」も含めて一度内観してみるといいかもしれません。

 

 

Healing and Recovery (English Edition)

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