ブログLSOスピンオフ 人生に役立つスピリチュアル特集

スピリチュアルの技術を駆使して人生を改善してきた著者が、その理論と技術を公開。

意識レベルについて:「怒り」 その5 怒り=勇敢?とんでもない!

怒りを生活の中で表現している人は大抵、「これは【正当な怒り】だ」と自分の怒りを正当化しています。

コンビニで店員に土下座させようとするクレーマーを思い浮かべて貰えばわかりやすいかと思います。

そういえば、常磐道のあおり事件も、そんな感じですね。

 

怒りに支配されているとき、「実際には怒りすぎだよな…」な超良心もまた心の中に存在するため、怒りは罪悪感を呼び起こしがちです。怒りすぎ、という罪悪感です。

しかし怒りのレベルにあるとき、なぜか、本人はその超良心を外部に投影して、そして「復讐」という形で自分の元に戻ってくるのを恐れています。要は、反撃が怖いんですね。だったら怒るなよ、と突っ込みたくなりますが、この手の人たちはすでに自分のマインドでは歯止めが効かなくなっています。

この「なぜか」は、エゴがそうさせているのです。(自分のエサが無くなるのが怖いだけ)

怒りの炎を燃やし続けるため、赦しとか、他人の無実性とかを見えづらくさせているんですね。

 

よって怒りのレベルにある人は、動物的マウンティング、支配、統制を好みます。

 

意識レベル200以上の、ポジティブな領域にある人は、この怒りを嫌い、怒りを見ると不快に思うことになる、とホーキンズ博士は記しています。

怒りは当然のことながら人間関係と本人(と関係者)の健康に悪影響をもたらすためです。

(怒りを「カッコイイ」と思う人は、要注意です。)

 

怒り自体が世界を動かすわけではなく、それは「勇気の代用品」でしかないということを覚えておく必要はあります。

(怒りを「踏み台」にして社会を改善する、という手法もあるにはありましたが)

 

 

全身ブランド物に身を包んで肩をゆすって粋がって歩いている人…のイメージが近いかもしれません。

みる人が見たら、痛い人 ですよね。

 

エゴは特にこの「怒り」からたいそうなエネルギーを得ているようだ、ということが、ホーキンズ博士の著述から見て取れます。

エゴは過去(特に本人にとってトラウマになってそうな)を何度も持ち出し、それによって感情を本人から搾り取り、また恨みを正当化して大きく育て、それをエネルギーにしています。

しかしこれを、エゴの言うなりに思い起こしていても、正直言って霊的成長には寄与しないようです。過去はすでに過ぎ去り、存在しないためです。

 

筆者も、父親が死んでからしばらく経過してのち、それまで「忘れていたはずの」過去が次々記憶から蘇ってきて、それがすべて怒りにつながっていた時期が長くありました。母親と物別れしてからは母親についての記憶も重なり、この3年間は非常に大変だった…という印象があります。

 

乗り越え方は次回以降に。

 

本日の参考文献はこちら。

 

Transcending the Levels of Consciousness: The Stairway to Enlightenment

Transcending the Levels of Consciousness: The Stairway to Enlightenment