ブログLSOスピンオフ 人生に役立つスピリチュアル特集

スピリチュアルの技術を駆使して人生を改善してきた著者が、その理論と技術を公開。

意識レベルについて:「傲慢さ」 その15 傲慢さを処理する その2

傲慢さを消すには謙虚さが必要となる、という話を何度かしました。

 

ところで謙虚さって何だろう? と思われた人もいるかもしれません。

傲慢だと言われないために、わざと謙虚なふりをしている人というのもいるのも事実なのです。

 

霊的に成熟してくると、いわゆるお世辞や世俗的成功を避ける傾向が出てきます。

それは、それらが霊的成長に貢献しないばかりか、足手まといになるという理由からです。

(確かに、霊的成長に興味がない輩が周りにまとわりつくというのは、自身の霊的成長を阻害するものなのです)

お世辞を言われて得意になって踏ん反り返るなど傲慢さのレベルの最たるものですから霊的に成熟した人はそんなことをすることはないのですが、それを「真似る」傲慢なレベルの面々もいるのもまた事実なのです。

 

ボロボロの衣服をまとい、いかにも「贅沢は敵だ!」なライフスタイルですよと見せることで他者からの敬意を受け、それが本人のプライドになっているというエセなスピリチュアリストもまた多いのも事実です。

「私は霊格が高いから食事はしません」とかいって出された食事に一切手をつけない、というのもこの部類です。だったら食事を出されるようなシーンに出くわしそうになったら退散すればいいだけの話です。

 

富を得ること自体がダメなんじゃなく、そっちに意識を向けない(追いかけ回さない)のが霊的な生き方だ、とホーキンズ博士は言っています。

 

ここでいう謙虚さとは、言ってみれば、「私のマインドには正誤の判断を一切つけることができないため、私には何もわからない」ということをしっかりと認識することです。

人間は本質的に無限の存在とはいえ、人間であるがゆえの固有の限界というものがあります。肉体に由来する限界、エゴに由来する限界、そして上記のマインドに由来する限界です。

そうでなければ歴史を通じておびただしいほどの争いと悲劇が起きるはずはないのです。

 

ホーキンズ博士は、マインドの無知による迷いは、意識調査(要はキネシオロジーテスト)で回避し、教えを取り入れる場合は真実のレベルにあると検証されたものに限ることだと話しています。

 

次回以降、傲慢さが「好むもの」と「嫌うもの」紹介後、いよいよポジティブの領域、いわゆる真実・統合性の領域をご紹介していきます。

やっとここまで来たか…、と筆者もちょっと感慨深いものがあります。

 

本日の参考文献はこちら。

 

Transcending the Levels of Consciousness (English Edition)

Transcending the Levels of Consciousness (English Edition)