ブログLSOスピンオフ 人生に役立つスピリチュアル特集

スピリチュアルの技術を駆使して人生を改善してきた著者が、その理論と技術を公開。

特段に祈ることがないときの祈り

祈り、祈りって、他力本願チックで、自分で努力しようって気がないんじゃないの? と思われる方もいるかもしれません。

確かに努力することは大事ですが、実は、霊的真実の観点から言うと、その努力は神に捧げるつもりでやらなければ、低次元アストラルの餌食になりやすくなるのです。

努力すれば確かに人間は成果を出せます。そのことで賞賛を受けることも出てくるでしょう。

しかし、以前にも霊的教師などの記事でご紹介しましたが、人間は賞賛を得続けることで傲慢さ(エゴの未浄化の部分です)がひょっこりと現れ、本人の意識レベルを急落させてしまうことになります。

 

また、問題を解決したいと願うとき、たとえば自分の子供が難病にかかっていて見ていられないという場合に「子供の病気を直してください」とか「健康にしてあげてください」とかいう祈りをしても効果がない可能性が高い、という話も何度かしています。

 

ではどのような祈り方が良いのか?

今日は、理論の話はさておき(ちょっとぶっ飛んでいるので博士の教えに慣れたら、ということで)、いきなりテクニックの話から入ります。

 

「私を神の道具としてお使いください」

「私と関係者と世界中の人々にとって最高最善の結果となるようお導きください」

 

以前、「大きな危機に対してスピリチュアルに対処するには」でご紹介しましたが、神に対し祈るとき、「私のマインドは何も知らないし、善悪の区別がつかない。神のご判断におまかせいたします」という姿勢が奇跡を呼びます。

まあ、数秒後…というわけにはいきませんけど。

 

余談ですが、キネシオロジーテストを使って、自分はこの仕事を辞めて転職すべきかどうか? 今回セールで売りに出されている目の前の品物をローンを組んで買って良いか? といった質問をすることができます。

することができるって言っても、ちょっとステートメントの作り方に一工夫が必要です。

 

やり方は以下の通りです。

「私が、今回A氏からお誘いを受けたヘッドハンティング受諾することは、最高善に貢献する。」

「私が、今回A氏からお誘いを受けたヘッドハンティング却下することは、最高善に貢献する。」

 赤文字のようにあえて同時に反対の質問をすることによって、「それをやるべきかどうか」がはっきりするというわけです。

「どっちでもいーよ」という場合、両者ともイエスと出ます。

(どちらもノーという場合、そもそもその質問ができる状態になっていないと考えるのが無難です)

 

なお、大抵は、一般的に悪いとされていること(例:殺人など)を除けば、「最高善に貢献する」と出ます。