人生に活かせるスピリチュアル~デヴィッド・ホーキンズ博士の教えから

スピリチュアルの技術を駆使して人生を改善してきた著者が、その理論と技術を公開。

意識レベルについて:「愛」その1 真実の愛

やっとここまできました! 霊的真実の神髄ともいえる「愛」についてです。

(筆者もこの領域のことを書くのを心待ちにしておりました)

 

意識レベルの数値は500です。

例によって、意識のマップをご覧ください。

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意識のマップには太線などを引いておりませんが、ここからまた大きな視点の変化が生じます。

これまでは、ポジティブ性といっても、目に見えるものを中心に取り扱う…的なところがありました。

ここからは、まさに一般的に想像されている「スピリチュアル」の領域になります。

 

 

さて真実の愛ですが、その源は外的要因に依存しません。

たとえば、美男or美女だから愛するとか、お金持ちだから愛するとかいうのはここでいう愛には該当しないのです。

真実の愛は人間の内側の根源であり、宇宙の本質といってもいいかもしれません。

 

愛するということは人間世界において存在し関わるための手段です。

 そして愛は、許し、育み、支えるという性質があります。

愛は頭で考えて理解できるものではなく、人間の本質として備わっており、ハートで感じるものです。

その本質故に、他者を支えて高め、偉大な功績を成就させます。

 

 このレベル、つまり真実の愛は、「奇跡のコース」で紹介されている「愛か、恐れか」の愛と同じものです。

 

このレベルに上がると、問題の表面的部分ではなく本質的部分をとらえるようになるといわれています。興味関心が、問題の末端部ではなく核心的部分に移っていくというわけです。

前回まで説明していた「理由・知性」では、結構細かいところも理屈でもって突っつくという性質があるのですが、愛の領域では末端ではなく核心をダイレクトに観るようになります。

理由・知性のレベルにこだわっていると本質を見失うよという意味でもあります。

(だから理由・知性も意識レベルが高いにもかかわらず、そこからさらに跳躍せよと博士が言うわけです)

 

愛は立ち位置にこだわりません。エゴにからめとられた人物から見たら、「あいつはこっちにも敵にも味方しやがって…」と見えてしまうかもしれませんが、正確に言えば「どちらにもつかない」のです。

それゆえ、立場による区別とか差別とかを超越しています。

今はやり?の、反日嫌韓だと騒いでいる方々から見たら、愛の本質自体がぶっ飛んでおり、信じがたい内容ととらえられること請け合いです。

愛は包括的であり、その感覚を「言語化して無理やり伝えてわからせる」のではなく「自分のオーラを通じて広げる」という性質があります。

愛の人がただそこにいるだけで、周囲の人が癒される。

意識レベル500台というのはそういうレベルです。

 

本日の参考文献はこちら。

 

Transcending the Levels of Consciousness (English Edition)

Transcending the Levels of Consciousness (English Edition)