人生に活かせるスピリチュアル~デヴィッド・ホーキンズ博士の教えから

スピリチュアルの技術を駆使して人生を改善してきた著者が、その理論と技術を公開。

薬は、一時的には助けになるが…

前回記事では「Power vs. Force」のご紹介をしましたが、現在筆者は「Transcending the Levels of Consciousness」のほか「Healing and Recovery」を中心に読みすすめており、今日はその「Healing and Recovery」から一部をご紹介します。

 

鬱はしばしば怒りを伴うことがある。 その怒りは何なのか? 怒りの根拠は何なのか?

たとえば薬物中毒の人間から薬の瓶を取り上げたりその薬をトイレに流したりすれば彼は激怒するだろう。このとき、彼の怒りの源が何であるかは明確である。怒りの原因はまさしく彼は自分の幸せの源が外側にあると信じて疑っていないという幻想と同じなのである。外側とは、他人、場所、物など自分以外の外部のもののことである。この姿勢はネガティブなエネルギーフィールドを作り出す。

自分の幸せの源泉が自分自身であることをわかっているとき、エネルギーフィールドはポジティブの方向へ向かう。(中略)

自分の怒りに聞こえるようなものを正当化するための言い訳なら無限に見つかる。「あの人が約束したから…、あの人が契約書にサインをしたのだから…、あの人が小切手の支払いを飛ばしてしまったのだから…」このとき、言い訳をする側は、自分の幸せの源泉を常に自分の外側に置いてしまっている。

(そのことを指摘されると)怒っている人はこう言い訳するかもしれない。「だって、これは正当な怒りだもの…そうやって教わって育ってきて、こうしてこの世界で生きてきたんだもの…これが正しい考え方だって教わってきたんだもの…」しかしこの考え方は潜在的に自分を犠牲者として設定する方法である。

通常、幸せの幻想というのは、「成功こそが幸せ」というものである。

高級住宅街に住んでいたときのことだが、そこでは富裕層が集まる場所にも関わらず自殺や薬物の過剰摂取が目立っていた。つまり、世俗的な成功が霊的な強さをもたらすわけではないということだ。(中略)我々の意識の中にある「あるもの」が我々をネガティブにしてしまうということだ。

もし、あなたが自分で霊的な責任をとると決めて「自分のものの見方がこの鬱やフラストレーションや怒りを呼び起こした。これは自分を下げて失望に追い込むやり方だ。」と宣言するのなら、その主題に関してあなたは勇気のレベルに上がることができるだろう。

「よし、大丈夫だ! 自分は世界でそう考えるのが普通だと教わったが、これから私は別のやり方でこの物事を見ていこう」そのとき、意志のレベルにあがることができるだろう。「自分はこのことについて直視する準備ができている。少なくとも自分はこのことについて希望ある見方をすることができる。神も後押ししてくださる。言い換えれば、これは自分に対して特定の場面だけではなく自分の残りの人生全体について利益がある。」

(中略)痛みは、「私を見て…何かが表出しているの」というサインである。

鬱を治療薬を使って一時的に緩和させることはできるが、当の本人が世界におけるあり方を変えようとしない限り、はたまた世界に対する印象・自分のものの考え方、世界や宇宙との絡み方、表現方法を変えない限り、当の本人の脆弱性はそのままである。(つまりいずれ鬱が再発するということ)

 

(Healing and Recovery Kindle版 No.4409以降)

  

 

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Healing and Recovery (English Edition)

Healing and Recovery (English Edition)