ブログLSOスピンオフ 人生に役立つスピリチュアル特集

スピリチュアルの技術を駆使して人生を改善してきた著者が、その理論と技術を公開。

2020年5月6日

エゴの主目的は「行動すること」であったり「活動すること」であったり、はたまた「演じること」であったりするわけだが、内観の意図は「(意識レベルの高い状態に)なること」である。知性は「(何か)について」知りたいと思うわけだが、内観は「知っている状態」と自主的な智慧を探す。合理的な思考は時系列的に行われ線形的である。対照的に、内観は、一連の時間の流れと離れたところから出てくる。それは非線形的であり本質の包括性と関係がある。献身的な内観は世界における「存在の仕方」であり、それによってその人の人生は霊的な交わりのものとなるのである。

 

補足:

上記の「(意識レベルの高い状態に)」とは筆者がくっつけた意訳ですが、そもそも内観や瞑想等の霊的ワークが何のためにあるのかを考えれば自明ということで、敢えて付け加えておきました。

わざわざ「怒りの人」や「傲慢さの人」に「なって」も仕方がないわけですし…。←こういう状態で世界に存在するとそれだけで世界に迷惑をかけてしまう、という意味も含めて、筆者は霊的ワークを励行しているのです。

それと、「知っている状態」とは、内なるひらめきのことであり、言葉にはしかねるが何かについてすでに自分の中で答えがわかっておりそれ以上知ろうとする必要がない状態、と言えば少しは伝わるかもしれません。実際このレベルになると、「やってみて体験してください」としか言いようがなくなります。

 

原典はこちら

Along the Path to Enlightenment: 365 Daily Reflections from David R. Hawkins

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