デヴィッド・ホーキンズ博士の教え紹介(一部)のブログ

スピリチュアルの技術を駆使して人生を改善してきた著者が、その理論と技術を公開。

ノー・マインドの道 その23 2021/3/16

 自分がマインドあるいは身体「である」というのではなく、自分はマインドと身体を「持っている」ということに気づくのは大いなる自由をもたらす。ひとたび死の恐怖が超越されると、人生はその経験が変容する。なぜなら、死の恐怖はすべての恐怖の根底に横たわっているからである。ほとんどの人間は恐怖なしに生きるということが何であるかを知らない。しかし恐怖の向こう側には、存在の意味と目的が明白になるものとしての喜びが横たわっている。ひとたびこの気づきが起きれば、人生は努力が要らないものとなり、苦しみの源は消え去る。苦しみとは自分の執着のためにのみ支払う対価である。 

 


 

 霊的な進化とselfと己のマインドの同一化を超越することに対する主要な障害というのは、ランダムな精神活動を通じてデータ・シンボル・言葉を処理することにあり、これが「考えること」と推定されるものである。

 


 

 人は、自分で考えない限り、人生をうまくやることはできないだろうという幻想を抱く。そんなことは一切起こりえない。いかなる個人も、(本人の人生には)必要ないのである。自分の行動に責任を取るべき「私」が存在するなどと考える必要はないのである。すべてはおのずと己のやるべきことをやっている。「私がこれをやった…私がこれを考えついた…私がこれを決断した…」などと言い出すのは、エゴの虚栄心なのである。そんな「私」など一切存在しない。それらはすべて自分自身で決断し自分自身で行動している(すべて自発的である)。「私」にとって必要なものなど存在しない。「行動者」がいるのではなくすべてが自発的に「自ら行っている」だけなのである。何かをしている分離した人物など存在しない。行動はおのずと発生する。客体化は止まる。経験は連続的な状態からそれ自体のプロセスへと、線型から非線形へとシフトし、主体と対象はすべて一つである。

 

 

 

 

 (書籍版「Dissolving the Ego, Realizing the Self」David R. Hawkins, M.D., Ph.D. 77~78頁)

 

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